食卓を支える"おいしい箸づくり"とは
「箸」という文字に竹冠がつくほど、日本の箸文化は竹によって支えられてきました。
「お箸って、もともと神具なんですよ。食べ物をお供えするトング型の道具に、箸という名が付いていたことが始まりです」。
まるで絵巻物を広げて見せるように箸の歴史を語り始めたのは、1963年の創業から3代に渡り竹の箸を作ってきた箸ブランド「ヤマチク」の専務取締役・山﨑彰悟さん。
竹を一本一本、職人の手仕事により切り出す、竹の箸づくり。
機械導入による効率化が進む現代のモノづくりと逆行し、長さ・曲がり・太さを整える工程の機械化が難しい現場は、作業に勤しむ人の姿と、声が多く飛び交う場所。
昔ながらの町工場を思わせる佇まいです。
「竹は切ってすぐ加工しなければ変色することから、天然素材ならではの難しさもあります。人の手もかかるため、竹の箸づくりは他社では衰退しているのも現状です。
でも丈夫で軽い上に、しなる。つまむだけでなく、割く・ほぐす・混ぜる動作を叶えるには、やっぱり竹がいいんです」。
いいものを届けるという本来の正しいモノづくりにかける、山﨑さんの熱い想いに満ちた目は、目前に広がる玉名の豊かな山林に向かいます。
竹から生まれたかぐや姫は、3ヶ月で大人に。
これはたけのこが出て3ヶ月で成長を遂げる竹にちなんだ設定であると、山﨑さんは生育の早さから優れたエコ素材としても知られる竹の魅力とともに教えてくれました。
春先になれば、たけのことしてお腹を満たし、大きくなれば暮らしの道具として生まれ変わる。
食料ともなる竹が、食卓を支える"おいしい箸"として馴染んでくれるのも、よく考えれば自然なことかもしれません。
"お母さんたち"が欲しかったヤマチクの箸
「職人」「モノづくり」と言えば、作り手はいぶし銀の無骨な男性像が浮かぶ方も、少なくないかもしれません。その予想に反して工場に入って驚いたことは、そのほとんどの働き手が、女性であるということでした。
大きくは切る・削る工程がほとんどの作業では、削りにあたる作業の大半を、女性が担うヤマチク。連続的に、かつ細やかな動作を必要とする手仕事には、女性の感覚が一役買うそうです。
「口元の敏感な感覚にあたる箸には、丁寧で繊細な手仕事は欠かせません」
と山﨑さんも頭が上がらない様子。
また、多数在籍する女性スタッフの声は、貴重なヒントとしてヤマチクの箸づくりに生かされます。企画を女性スタッフとともに考え、目指すは新商品として、その声に応えていくブランドであること。
だからヤマチクの子供用の箸は、箸先を太くして折れづらくなっているし、菜箸にはゴミが溜まるため、滑り止めの溝がない箸が設計されている。
女性のいる台所が楽しくなるように、愛らしいカラーバリエーションを加えた箸は、発売から飛躍的に売上を伸ばしたんだとか。
買い手は圧倒的に女性が多いという箸。それぞれの家族の顔を思い浮かべながら、豊かな時間を過ごす女性たちの姿を見るたび、仕事に大きな誇りを感じるという山﨑さん。
「箸は作り手が、使い手になる道具。女性スタッフならではの視点は、これからも大切にしたいですね」。
よく工場を見渡せば、娘のように年若い女性スタッフから、"お母さん"、"お父さん"、"おじいちゃん"にあたる幅広い年齢層のスタッフたちが、食卓を囲むように作業を進めていく。
ともすれば山﨑さんすら、"息子"に見えてくるのは、この工場が生み出す、我が家のような温かみある空間があってこそ。
繊細な箸選びもまた、丁寧な暮らしの一部
和食器、洋食器が混在する現代の食卓。
食器の色味はその色幅と、デザインの自由度も圧倒的に広がっています。それぞれの暮らしのスタイルに合わせて、多様な選択肢に囲まれる時代。
一方、箸はどうでしょうか。使い捨てのものから、大量生産の工程を踏み誕生したものまで、箸もまた、多くの選択肢があるはずです。
大切な人たちと囲む食卓、料理を支えるのは器だけではなく、箸もその一部ではないでしょうか。
「食べることって、生きることだと思います。お皿や茶碗、箸でさえ、食事の道具にまでこだわってもらうだけで、それは豊かな人生に繋がるんじゃないかと。毎日の食事のたびに、使うお箸がちょっと使いやすいとか、何気なく手にするものが馴染みいいって、うまく説明できないですけど、なんだかいいはずなんです」。
輸入・輸出が栄える時代にも、ヤマチクの箸は、輸入材を一切使用しない完全な日本製。
最終加工だけ日本で行えば、メイドインジャパンが謳えるモノづくりとは一線を引いた製法を守り続け、創業から変わらぬモノづくりへのこだわりを守っています。
近年はその姿勢が、丁寧な暮らしへの気づきを現代に届ける、数々の高感度なショップからも高い評価を受け、新たなニーズが生まれているところ。
「明らかに持ってみたら違いますよ」。
山﨑さんが自慢そうに手に添えてくれた箸を、早く口にしてみたい探検隊です。